2010年2月28日日曜日

テレビに出演できるチャンスです!

おつでーす!


いあんです!


今日は大切な大切な
本当に大切な何かとお別れしました。


そう、ネットプライススポット。


半年間、本当にお世話になりました!
さいこーーだった!!


そんなかんやで、テレビに出演したいかたいますか?
昔、NHKでやってた「しゃべり場」みたいののフジテレビverを実施します!

そこで、出演したいかたを募集してます。
関心があるかたは、3/2までに以下のアドレスにメールください!
詳細を伝えます!
ishidaian@gmail.comに頂ければ、対応します!

時間はかかれど、基本はほぼ一回は出れると思ってくれて構いませんので!
関東ローカルですが、いい機会だお!


はて、次はあの
へんたい
いあん
しんじゃえ
の略のHIS←
から、素晴らしいお知らせです!w

なんと、今流行りの社会機業関連の企業や団体と絡めます!

 
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グラミン銀行など社会起業の最前線を訪問&体験
バングラデシュ・スタディーツアー 7日間
3/15 出発 149,0000円
http://www.his-j.com/tyo/eco/asia/eco-trigger02.htm
 
社会起業の最先端を行く、グラミン銀行やBRACを視察し、現地の方と意見交換し、
更に、UBINIGという有機農法と伝統的な機織業で貧困層の社会的自立を
目指している施設を訪問します。
BRACでは、BRACの企業群だけでなく、ダッカのスラム街でのBRACの活動や、
BRACの融資により起業をした中小企業も訪れ、様々な階層でのBRACの活動を
見れるようになっております。
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僕も行きたい!!

けど、金ない←



ボランティアやりたいひとはまた、どしどし連絡ください!

今日はおばあちゃんの古希祝いです!!

おめでたい!!
おめでとう!!


ではでは!!

2010年2月26日金曜日

名前の由来

【転載】
以前、所属する団体のブログに書いた記事ですが・・・
自己紹介を兼ねて転載します。



そういえば、まだ自己紹介してませんでしたね。
これが、自己紹介になるのかは分かりませんが、僕の宝物を紹介します。
それは、僕が生まれて6日後、1989年9月24日に父が書いてくれたものです。
大学に入学して間もないころに、古いアルバムの中から見つけました。

それは「言行」(いあん)という名前の由来について。

これは僕のアイデンティティです。僕のありたい姿です。
かなり長くなりますが、ご覧頂ければ幸いです。


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言行へ(いあんへ)

 パパとママは、キミがどのような思いをこめて「言行」と名付けたのか。将来、これを読んでくれることを楽しみにして、生まれたてのキミに書き記すことにしました。
 キミの名前は、パパがつけました。それは、キミがまだおなかにいるときに、生まれてくる子が男の子だったらパパが、女の子だったらママが名前をつけようと決めていたからです。
(ちなみにママは、女の子が生まれたら「未来」(みく)と名付けるつもりだったようです)(パパは、絶対に男の子が生まれてくる、と確信していましたし、熱望していたのです)

 では、パパが「言行」と名付けた理由をこれから話しましょう。
パパはまず、名前を考えるにあたって、3つの基準を持っていました。それは、
①とにかく人と違う名前であること(いうまでもなく、名前はいちばんの個性ですから、目立つほうがいいと思っていました)
②外国人も呼びやすい、インターナショナル名前であること(キミが外国にいったときに覚えてもらいやすいように)
③そして、名前に意味があること(単なる当て字や語呂合わせで意味のないものだけは避けようと思っていました)
以上の3点です。
 そして、これらの基準は別にして、パパは、男だったらこうなってほしいな、という理想像を頭に描いていました。それは、
“優しくて、強くて、かっこよくて、女にモテる男”です。
実は、キミの名前が決まってのは、この“男の理想像”を考えていたときでした。
 ふと頭の中に、とつぜん、パパが子供のころに好きだったテレビ映画『0011/ナポレオン・ソロ』のふたりの主演俳優―ロバート・ボーンとデビッド・マッカラムの顔が浮かんだのです。そして、このふたりの俳優を思い出した次の瞬間に、キミの名前は決まりました。
「イアン・フレミング・・・・・・。そうだ、イアンがいい!!」
 イアン・フレミングというのは、イギリス人の作家で『0011~』をはじめ、有名な『007シリーズ』の原作者です。
 『0011~』は、パパが3~4歳のころにやっていた作品です。なぜそんな幼いときの記憶があるかといえば、それはきっと、パパとパパのママが、当時ブームだった秘密情報員(要するにスパイ)が登場するテレビや映画が大好きで、一緒にみていたせいでしょう。だからこそ、イアン・フレミングという名前がすぐに思い出せたのだと思います。

 イアン―――いあん。瞬間的に、名前はこれしかないと思いました。名前をつける基準と照らし合わせてみても、①の“人と違う名前”も②の“インターナショナルな名前”もクリアーしています。
 なにより、パパが願う“理想像”としても、イアン・フレミングが自分の作品に描く男は『0011~』に登場するソロ、イリヤ・クリヤキン、『007』のジェームズ・ボンド――いずれも“優しくて、強くて、かっこよくて、女にモテる男”です。
 こうして、「言行」という名前は、はじめに文字からではなく、「いあん」という音が先に決まりました。そしてその次に残る基準の④を満たす“名前に意味がある”文字を考えたのです。



 「言行」は「言」を「い」と読むのも、「行」を「あん」と読むのも、どの国語辞典を探しても載っていないと思います。しかし、どちらも当用漢字ですから、「言う」、「行脚」、「行燈」などと一般的に使われているように、決して無理な読みかたではありません。
 でも、パパにとっては、辞典に載っていようといまいと、「言」を「言葉」として、「行」を「行動」という言葉の意味として、それぞれの文字が必要だったのです。
 つまり、「言行」という名前は、「言葉と行動」という、パパが最も重要だと思っていることを、ひとことで表したものなのです。


 「言葉」について――。
 いうまでもなく、人間は、たったひとりの力では誰も生きてはいけません。毎日の食べるものも、着るものも、勉強することも、スポーツを楽しむことさえも、他人の助けを得なければ生活することのできない生き物なのです。そのために、人間には、地球上の動物で唯一“言葉”を話す(会話)という能力ができたのです。
 ですから、言行には、自分を支えてくれるすべての人との会話を大切にしてほしい。
 会話によって、キミが相手に助けられることもあれば、キミが相手を助けることだってあるのです。相手が黙っていたら、キミはその相手を理解できないのと同じように、自分が言葉を発して意志を伝えれば、相手はキミの存在を確認してくれる、ということです。
 要は、間違ったり、失敗することをおそれずに、キミの心の内を言葉として話してほしいのです。


 「行動」について――。
 パパの座右の銘は、“前進なくして進歩なし。命をかければなんでもできる”というものです。これは、パパのパパから学んだ石田家の“座右の銘”でもあります。パパは、うまく事が運ばない時や、悲しい時など、いろいろな壁につきあたった時に、この言葉を思い出しては心の励みにしてました。人間の心というものは、このような悩んでいる時には停滞しているのです。だから、何かを解決した、とか、壁を抜けだしたい、と思ったら、前へ前へ、と前進するのが、いちばんの方法なのです。そして、ひたすら努力をする。

 人間、命をかけるほど努力をすれば、できないことはなにもありません。もしできないことがあったとすれば、それはまだまだ努力が足りない、ということなのです。
 これは、簡単にはいえますが、実際はものすごくつらく、大変なことです。努力しないことへの言いわけは、自分自身でいくらでもつくれますから。でも、結果がすべて自分に還ってくるのも“前進”と“努力”です。
 言行も、いつか壁につきあたったら、この言葉を思い出してください。そして、とにかく行動しつづけることを忘れないでください。

一九八九(平成元)年九月二十四日
  記



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僕はこんな人間になれるのでしょうか・・・
ずっとこの理想と戦い続けてきました。
365日毎日戦ってるとしたら、
7070戦0勝7070敗でしょう。

僕は、死ぬその日だけ勝てればそれでいい。
そんな風に思ってます。
そう、最後に後ろを向いて、行動し続けた自分に、支えてくれたみんなに言葉で「ありがとう」を言いたいんです。
それは、きっと〇〇〇〇〇敗が自分にとっての勝利に変わる瞬間です。


辛くても、後ろを向いて、それから目を反らして歩いたら前が見えないのは当たり前です。
恐いですよ。もしかしたら、石が置いてあるかもしれない。

でも、前を向いてると目の前には鏡があって、自分と向き合っていかなきゃいけない気もする。
それは本当に辛い。
どちらにせよ、恐い。
なら、前に進もう!ただ、がむしゃらに。
それが“座右の銘”、そして「信念」です。


団体を率いる立場として、俺が一番後ろに立って、この団体に後ろは見させない。
後ろに理想も目標もない。

だから、後ろむきたくなっても俺がいるからね、みんなww
でも辛かったら相談してほしい。それは「言葉」、つまり俺の一部だから。全然負担何かじゃない。
そして、一緒に「行動」、団体として活動しよう。


笑顔を創り続ける団体が常に笑顔である必要なない。
それは、目標だからだ。まだ、出来ていないだけ。
その代わり、その努力をやめなければいい。
一歩一歩、例えそれが数センチでも前へ前へと進もう。
俺は、そんな団体を創りたい。じゃなくて、創る。


一番努力できる人間でありたい。



基本的にこんな人間です(笑)
根性論で生きてます。w


我ん張ります!!

2010年2月23日火曜日

ソーシャルビジネスとは

ソーシャルビジネスとは、
社会問題解決を目的としたビジネスである。


twitterで掘義人さんの「社会起業家vs起業家」というオピニオンがあげられていました。

http://blog.globis.co.jp/hori/2010/02/vs-37e6.html

それに、対してフローレンスの駒崎さんがtwitter上で反論。

社会起業家と起業家を同質には出来ない。社会に生きる以上、社会性を排除できないのは当たり前。
社会起業家は社会問題解決を存在意義とする。みたいな!やし

駒崎さんは、確か元ITベンチャーの経営者。その経験もあってか、ソーシャルビジネス界では先駆者的な存在。
大学もソーシャルビジネスを多く生み出しているSFC。

やり取りが面白かったなーー

グロービズには私的にかなり関心がある。
しかも、意外と近いよね←


ソーシャルビジネス界は、競争意識が薄いように思える。
2400億という市場規模に甘んじているのはそのせいであろう。
昨年か一昨年か経済産業省が出したソーシャルビジネスに関するレポート。
http://www.meti.go.jp/committee/materials/g70925aj.html
これによれば、来年に2.2兆円規模に拡大するという。
しかし、この予測に現場レベルがついてこれるのだろうか。
社会はそれほどまでに、社会起業に関心を抱いているのだろうか。

確かに、僕の周りには「社会起業」という言葉に関心を持つ学生は沢山いる。
けれども、僕を含め同世代が成長するにはちょー早くて5年、遅くて20年かかるのではないのでしょうか。
中には、すんごい頭がキレる人も沢山いるし!
まあ、ワクワクする市場であることに変わりはない。

あと、社会問題は不滅なのだろうか。
人はほとんどが利己的だから、自我と自我の衝突や文明の衝突から考えてもあるか・・・。
身近にもいっぱいあるし。

ただ、社会問題と社会のニーズの差って結構曖昧なのかも。
社会から地域問題に移ればコミュニティビジネス(CB)といわれるけど、
地域問題と社会問題の相違点って?
いや、社会問題の中の地域問題だから、SBのニッチ市場ととらえる方がいいのか。


あーーーもう、頭痛いから考えるのやめた!←



ロジックとか気にしないでください!ww
つぶやきだと思ってください!!ww



まぁ、そんなことはどうでもよくて・・・・
でも興味ある人はNPOのバイト募集とかもしてるんで、是非お声をおかけくださいな!


ちょっとここんとこ病み気味だおおおおおおおおおおお



では!!

2010年2月22日月曜日

さよならさよらなさよなら。。。バイバイバイバイ


そこらを歩いている蟻ん子を無視して俺らは歩いてるけど、
彼らより努力してるってヤツはどんだけいるのだろうか。
一生懸命なヤツってどれくらいいるんだろうか。


蟻の寿命は
女王蜂で10~20年
雄蟻なんて、孵化して1カ月で成虫→結婚飛行→捕食される
働きバチは、1から2年くらい。

らしいんだお。


人間は種の保存以外に出来ることが沢山ある。
それってどういうこと何だろう、とかそんな哲学的要素は
めんどくさいからどうでもいいんだけど←


何が言いたいかって、今の自分がつまらんと思います。
ただ、そう思います。


何かのために、自分を押し殺す・・・
そういう生き方を排除するための選択をしていたのに、
結局そこに行きついていた。

確かに、資本主義という社会に生きる上で、社会性を超越することは不可能だろう。
国家を越えても個人を重視するならばアナーキーな状態になってしまう。
意外と行く末、地球市民的な考えが跋扈すればそうなるのかも・・・。

国家の役割ってなんだ?



はいはい話がそれましたね。


一年前の日記とか読み返し、過去を回顧してみた。

ふむ。


過去の自分は「理念」とか「情熱」とか観念的なものに依拠した活動であった。
それがいつからか、「効果」、「結果」とか可視化できるものを求めているようになった。

どちらも大切なのは承知しているんだけど、
理念は人を、共感させ
結果は人を、納得させる。

今の自分に人を共感させるだけの力はない。



なんで、こうなったかのを仮説立ててみた。
3つあります。

1、インプットを疎かにした
2、外とのつながりを疎かにした
3、クリエイティブなことをしていない


前提として、僕は「うのあんいっち」という組織を創りあげるために8、9月から生活の8~9割を注いできました。


1・・・組織においての役割としては主にアウトプットする場にいました。アウトプットし、僕の想いを形にできるように創意工夫しながら精進してきました。自分がここに所属していることを誇示できる最低レベルには到達したと思ってます。

結果として、今まで蓄えた以上の知識に時間を使うことがあまり出来なかった・・・。本も、月に3~4冊しか読んでないと思う。新聞も読まなかった!使った時間にもっとレバレッジを効かすことは出来なかったのか。そう思うと、非常に甘い部分が多い。


2・・・人から影響を受けることに対して保守的になっていた。、講演会や交流会などの場に参加することを怠っていた。覚えてる限り、10月から1回とかしかそういう場に行ってない。最低限のブログでさえも、書いていなかった。

人から意見を貰える場には突っ込んでいかなけれない。イノベーションのアイデアはそう生まれないし、何より挫折をも味わえない。人にぶちあたる覚悟がないのに、何かを創っても壊される、自然に壊れるだけ。長続きはしない。


3・・・ルーチンな作業と思考プロセスばかりを追っていた。しかも、それを疑わずに受け入れるという凡々なことを!効率化できるのでは?と懐疑せず、とりあえずこなすというプロセスを繰り返していた。そんなんでは、1や2になるのは当たり前か。

イノベーションとは、対象を懐疑し、破壊して(0の概念に戻して)、それを再構築する=創造だと思ってる。そして、クリエイティブとは創造するプロセスのことだと思ってる。つまり、再構築という曖昧に可視化できるプランを与えること。あくまで自分のクリエイティブです。


これが大切!
まだアウトプットできるモノなんてたかが知れてるんだから、インプットも同時に出来る。
間違いない!!



ここで、
①twitterは毎日見る(ってか趣味ww)あっ、ishidaianなんでフォーローミー!
②新聞は毎日目を通す(iPhoneでもいいから)
③本は月最低15冊は読む(新書でもいいから!とりま年間200冊は最低!)
④ブログは、週4~5で更新する。
⑤充電もかねて、月に1~2回はクレージーがいると思われる場に行く
⑥今、考えてるビジネスプランを夏までには実現する
⑦月1回は誰かと2~4人の少人数で飲む←


こんなこと書いて何になるか?と問われたら、
大声で自己満足です!
と応えられるくらい自己満足な日記でした!



でも、ビジョンは小さくするものではない!


有言実行!!!!!

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