2010年2月26日金曜日

名前の由来

【転載】
以前、所属する団体のブログに書いた記事ですが・・・
自己紹介を兼ねて転載します。



そういえば、まだ自己紹介してませんでしたね。
これが、自己紹介になるのかは分かりませんが、僕の宝物を紹介します。
それは、僕が生まれて6日後、1989年9月24日に父が書いてくれたものです。
大学に入学して間もないころに、古いアルバムの中から見つけました。

それは「言行」(いあん)という名前の由来について。

これは僕のアイデンティティです。僕のありたい姿です。
かなり長くなりますが、ご覧頂ければ幸いです。


----------------------------------------------------------------
言行へ(いあんへ)

 パパとママは、キミがどのような思いをこめて「言行」と名付けたのか。将来、これを読んでくれることを楽しみにして、生まれたてのキミに書き記すことにしました。
 キミの名前は、パパがつけました。それは、キミがまだおなかにいるときに、生まれてくる子が男の子だったらパパが、女の子だったらママが名前をつけようと決めていたからです。
(ちなみにママは、女の子が生まれたら「未来」(みく)と名付けるつもりだったようです)(パパは、絶対に男の子が生まれてくる、と確信していましたし、熱望していたのです)

 では、パパが「言行」と名付けた理由をこれから話しましょう。
パパはまず、名前を考えるにあたって、3つの基準を持っていました。それは、
①とにかく人と違う名前であること(いうまでもなく、名前はいちばんの個性ですから、目立つほうがいいと思っていました)
②外国人も呼びやすい、インターナショナル名前であること(キミが外国にいったときに覚えてもらいやすいように)
③そして、名前に意味があること(単なる当て字や語呂合わせで意味のないものだけは避けようと思っていました)
以上の3点です。
 そして、これらの基準は別にして、パパは、男だったらこうなってほしいな、という理想像を頭に描いていました。それは、
“優しくて、強くて、かっこよくて、女にモテる男”です。
実は、キミの名前が決まってのは、この“男の理想像”を考えていたときでした。
 ふと頭の中に、とつぜん、パパが子供のころに好きだったテレビ映画『0011/ナポレオン・ソロ』のふたりの主演俳優―ロバート・ボーンとデビッド・マッカラムの顔が浮かんだのです。そして、このふたりの俳優を思い出した次の瞬間に、キミの名前は決まりました。
「イアン・フレミング・・・・・・。そうだ、イアンがいい!!」
 イアン・フレミングというのは、イギリス人の作家で『0011~』をはじめ、有名な『007シリーズ』の原作者です。
 『0011~』は、パパが3~4歳のころにやっていた作品です。なぜそんな幼いときの記憶があるかといえば、それはきっと、パパとパパのママが、当時ブームだった秘密情報員(要するにスパイ)が登場するテレビや映画が大好きで、一緒にみていたせいでしょう。だからこそ、イアン・フレミングという名前がすぐに思い出せたのだと思います。

 イアン―――いあん。瞬間的に、名前はこれしかないと思いました。名前をつける基準と照らし合わせてみても、①の“人と違う名前”も②の“インターナショナルな名前”もクリアーしています。
 なにより、パパが願う“理想像”としても、イアン・フレミングが自分の作品に描く男は『0011~』に登場するソロ、イリヤ・クリヤキン、『007』のジェームズ・ボンド――いずれも“優しくて、強くて、かっこよくて、女にモテる男”です。
 こうして、「言行」という名前は、はじめに文字からではなく、「いあん」という音が先に決まりました。そしてその次に残る基準の④を満たす“名前に意味がある”文字を考えたのです。



 「言行」は「言」を「い」と読むのも、「行」を「あん」と読むのも、どの国語辞典を探しても載っていないと思います。しかし、どちらも当用漢字ですから、「言う」、「行脚」、「行燈」などと一般的に使われているように、決して無理な読みかたではありません。
 でも、パパにとっては、辞典に載っていようといまいと、「言」を「言葉」として、「行」を「行動」という言葉の意味として、それぞれの文字が必要だったのです。
 つまり、「言行」という名前は、「言葉と行動」という、パパが最も重要だと思っていることを、ひとことで表したものなのです。


 「言葉」について――。
 いうまでもなく、人間は、たったひとりの力では誰も生きてはいけません。毎日の食べるものも、着るものも、勉強することも、スポーツを楽しむことさえも、他人の助けを得なければ生活することのできない生き物なのです。そのために、人間には、地球上の動物で唯一“言葉”を話す(会話)という能力ができたのです。
 ですから、言行には、自分を支えてくれるすべての人との会話を大切にしてほしい。
 会話によって、キミが相手に助けられることもあれば、キミが相手を助けることだってあるのです。相手が黙っていたら、キミはその相手を理解できないのと同じように、自分が言葉を発して意志を伝えれば、相手はキミの存在を確認してくれる、ということです。
 要は、間違ったり、失敗することをおそれずに、キミの心の内を言葉として話してほしいのです。


 「行動」について――。
 パパの座右の銘は、“前進なくして進歩なし。命をかければなんでもできる”というものです。これは、パパのパパから学んだ石田家の“座右の銘”でもあります。パパは、うまく事が運ばない時や、悲しい時など、いろいろな壁につきあたった時に、この言葉を思い出しては心の励みにしてました。人間の心というものは、このような悩んでいる時には停滞しているのです。だから、何かを解決した、とか、壁を抜けだしたい、と思ったら、前へ前へ、と前進するのが、いちばんの方法なのです。そして、ひたすら努力をする。

 人間、命をかけるほど努力をすれば、できないことはなにもありません。もしできないことがあったとすれば、それはまだまだ努力が足りない、ということなのです。
 これは、簡単にはいえますが、実際はものすごくつらく、大変なことです。努力しないことへの言いわけは、自分自身でいくらでもつくれますから。でも、結果がすべて自分に還ってくるのも“前進”と“努力”です。
 言行も、いつか壁につきあたったら、この言葉を思い出してください。そして、とにかく行動しつづけることを忘れないでください。

一九八九(平成元)年九月二十四日
  記



--------------------------------------------------------------------

僕はこんな人間になれるのでしょうか・・・
ずっとこの理想と戦い続けてきました。
365日毎日戦ってるとしたら、
7070戦0勝7070敗でしょう。

僕は、死ぬその日だけ勝てればそれでいい。
そんな風に思ってます。
そう、最後に後ろを向いて、行動し続けた自分に、支えてくれたみんなに言葉で「ありがとう」を言いたいんです。
それは、きっと〇〇〇〇〇敗が自分にとっての勝利に変わる瞬間です。


辛くても、後ろを向いて、それから目を反らして歩いたら前が見えないのは当たり前です。
恐いですよ。もしかしたら、石が置いてあるかもしれない。

でも、前を向いてると目の前には鏡があって、自分と向き合っていかなきゃいけない気もする。
それは本当に辛い。
どちらにせよ、恐い。
なら、前に進もう!ただ、がむしゃらに。
それが“座右の銘”、そして「信念」です。


団体を率いる立場として、俺が一番後ろに立って、この団体に後ろは見させない。
後ろに理想も目標もない。

だから、後ろむきたくなっても俺がいるからね、みんなww
でも辛かったら相談してほしい。それは「言葉」、つまり俺の一部だから。全然負担何かじゃない。
そして、一緒に「行動」、団体として活動しよう。


笑顔を創り続ける団体が常に笑顔である必要なない。
それは、目標だからだ。まだ、出来ていないだけ。
その代わり、その努力をやめなければいい。
一歩一歩、例えそれが数センチでも前へ前へと進もう。
俺は、そんな団体を創りたい。じゃなくて、創る。


一番努力できる人間でありたい。



基本的にこんな人間です(笑)
根性論で生きてます。w


我ん張ります!!

zenback

\